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「自分を許せる力」のメリット

スタンフォード大のケリー・マクゴニガルの著書 The Willpower Instinct (邦題『スタンフォードの自分を変える教室』)の中で、自分を許せるかどうかの重要性を説いている。例えば、「毎日、運動する」という目標を掲げたとする。目標にもかかわらず、ちょっと挫折した時に、自分を許すことができるかどうかが、意外と目標達成にとって大事なのだそうだ。

「まったくもう。自分は意志が弱くてだめだ」と思ってしまうと、逆に目標が達成しにくくなる。なぜなら、その時点で脳がフリーズしてしまい、投げやりになって目標そのものを放棄しかねないから。逆に、こういう局面でも自分を許すことができると、次に自分がとるべき具体的な行動を考える余裕が出てくる。

このself-forgivenessに関する章を読みながら、通訳現場を思い出す。数多くの通訳者と仕事をご一緒させていただいたが、通訳者として成功している方の一つの共通点は、失敗に対するリカバリーが早いこと。自分を責めず、常に前向きである。一方、能力があり、しこぶる真面目なのに伸び悩む若手の通訳者は、ちょっとした失敗でも「自分がいけない。どうしてこんなに自分はだめなんだ」という負のスパイラルに陥ってしまう。

もちろん、許されない失敗もある。学術系の通訳案件で、ある女性研究者の名前がうまく聞き取れず、やむなく名前を落として通訳したことがある。スピーチが終了すると同時に、その女性研究者が「なぜ私の名前をちゃんと言ってくれなかったのか」と涙で訴えられた。外国人のスピーカーは、日本人の名前を発音するのが苦手で、聞き取り不能なことはしばしばある。でもこれは通訳者の言い訳に過ぎない、と内心、わかっていた。

彼女はその分野では数少ない女性研究者。権威ある外国人スピーカーが、大勢の方の前でわざわざ彼女を評価した。彼女にとってはこれまでの努力が報われる、大事な大事な評価だった。それを通訳者である私のミスにより、聴衆者に伝わらなかった。

同じ女性として彼女の気持ちはものすごくよくわかっただけに、さすがにこの案件の後は、へこたれた。

今でもこの案件を思い出すだけで、胸がキーンとする。それでも、失敗は学びの機会としてとらえる主義なので、その後の通訳に役立てた。彼女に対しては申し訳ない、という気持ちと同時に、「くよくよしてもだれの特にもならない」と割り切っている。それがきっとマクゴニガルのいうself-forgiveness、自分を許す力なのだろう。

あの「事件」以来、スピーカーとの打ち合わせの中で、必ずスピーチの中で登場しそうな人の名前や地名、社名などの固有名詞を聞くようにしている。打ち合わせ時間がたとえ1分しかなくても、固有名詞だけは聞き出し、失敗を繰り返さないように工夫している。